« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

風の便り13

115 サクラの蕾もすこしふくらんだ三月のある日の午後、遠賀南中学校の音楽教室で、音楽クラブ主催の小さな、かわいいコンサートがありました。 クラブの部員が女子学生三人だけということです。演奏はショパンやストラビンスキーなどクラシックとフォークあわせて七曲でしたが、みんな二人か三人の連弾だったのが印象的でした。私は音楽は素人ですが、娘二人を音楽の道にすすませたので、連弾がけっこう長い時間、練習がいることくらいは知っているのです。演奏の最後は、なんとクラブ担任の下川由紀先生が、長い難しい曲をたいへん巧みに連弾したのにはほんとうに感心しました。私は、進学競争が激しくなって以来ずっと、高校・中学の音楽教育がないがしろにされていると感じてきたのですが、こんなすばらしい先生もいるんだと、希望をもった次第です。

| | コメント (0)

風の便り12

08_066 ぬくい日和にさそわれて、溜池の渡り鳥を見ようと、上別府の土取池にいってみた。堤の改修工事で、池の水が落としてある。遠賀町の西側、岡垣との町境になる大字尾崎、別府、虫生津の山裾には二十をこえる溜池がある。みな水田灌漑用の溜池である。(それを知ったときは)意外に思った。大遠賀川と支流の西川があり、農業用の水に不自由はしてないと思いこんでいたのだ。(写真の遠景に山の上の遠賀高校がみえるが)その下にある梅ヶ鼻池と小谷池、二つとも江戸時代にできた灌漑用溜池である。遠賀の農民は昔から水不足で苦労してきたというべきか。土取池から南に鞍手に行く道にそって八反田池、添ヶ池、黒松池、風呂ヶ谷池と2、300m間隔で溜池がある。そして遠賀町と鞍手町の境になる仏ノ辻にあるのが倉谷下池である。貯水量10万トン、灌漑面積60ヘクタール。江戸時代の享保十年(1725)にできた遠賀・鞍手両郡で最大の灌漑用水池である。

08_080 水面には、マガモやヘラガモなどが泳ぎ、飛び交っていた。池の水源は西の山あいにひろがる大谷で、谷の口にもう一つ倉谷上池がある。      クラタニという地名から、古代の製鉄史を地名や古伝承から探ってきた私の古い記憶がよみがえって、この池の上流に、田川の香春神社の女神・息長大姫大目命を遷した人がいたことなどを思い出していたら・・・。                「奥野さん。」「え?」道端で板塀の修理かなにかをしていた人が、私を呼んでいる。旧知の人の顔も忘れているボケ老人の私は、その人が誰か、すぐ分からない。 「境ですよ」「あ。サカイさん」東京や仙台で大きなイベントをやっていた有名な広告デザイナー・境修一郎氏である。「韓国に行ってらしたそうで」 「ええ。去年帰りました。少し暖かいので、散歩がてらに、時々この辺まで来るんです」 「ちょっと、お茶でも・・・」と誘われるまま、小一時間ほど堺さん宅でお話しをした。堺さんの奥さん・みる夫人は、いま売り出し中の絵本作家である。「まよなかのぼうけん」 「はじめまして! いちごちゃん」 「がんばれ!コブタくん」 08_08908_086という三冊の絵本を出版。たいへん洗練された美しい作品は、全国的な企業・信用組合・病院・出版社などのシンボルマークやキャンペーンに採用されています。みる夫人からコーヒーを2杯も入れてもらい、私はつい長居をしたようです。みる夫人の絵本を知りたい方はhttp://milkland.netへどうぞ。

| | コメント (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »