博物館・資料館めぐり4
写真の鉄器は、無紋土器が使われたころ(原三国時代)の朝鮮半島の鉄製農具である。(左上・踏み鋤、左下・鋤先、右下・鎌)佐賀県小城町の土生遺跡では、踏み鋤の柄の部分が出土している(写真下)。踏み鋤は無紋土器人によって弥生後期には九州に入っているが、水に恵まれ低平な湿地の開発が先行した九州では主要な農具にはならなかったようだ。起耕に使う農具はスコップ状の鋤先となすび形の木製鍬が多く、土生のような踏み鋤は弥生時代の農具としてはめずらしい。
しかし、九州の弥生時代の鉄器は弥生後期の段階で、鋤先、鍬先、鉈鎌、手鎌など主要な農具が鉄器化されており、その最もすすんだ姿が吉野ヶ里遺跡に示されているといえよう。、
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