おらが春 1
2月22日。浅木小学校で、この数年らい毎年見に行っている卒業生を送る会があった。この日、卒業生54人が創作ダンス「浅木ソーラン」「絆(きずな)」「アサギ2007」を披露した。若い世代に絶望するような風潮にたいして、この子供たちの群舞は、未来につながる強烈な主張があふれていて、爽快感がある。踊りの終盤では、目頭をおさえる父母もけっこう多かった。
毎年、五、六年生がきびしい共同練習をつみかさねてこの日を迎えるのだが、その踊り(振り付け)や音楽(作曲)のすべて、先生と親の共同創作であることはあまり知られていない。この子供のエネルギーを引き出したのは、5年にわたり日々重ねてきた先生や父母たちの文化的営為の賜物である。来年も、再来年も、この踊りが継承されていくのを願う。
春の始まりは、この卒業生を送る会と、校庭にある紅白の梅の木なのだが、今年は梅の咲き具合がわるいようだ。今日は天気もいいので、自転車で、花見としよう。
花園橋を渡るとすぐ、どうぞご覧くださいとばかり、道路ぶちに植えられているのが、この花園橋の紅梅である。町内には、ほかに名木もあろうが、これに勝るのはすくない。
遠賀町
西川ぞいの道には、蓮角町あたりに、タンポポが咲いていた。去年、
「出てますか」と聞くと、「うんー、もう一回暖かい日が来ないとね。まだ小さいわ」
西川の土手を下ると、ここかしこに土筆が目につき、ついに土手にうずくまって土筆摘みに熱中する。土筆摘みをしながら、二月も下旬、そろそろアサツキ(胡葱)も食べごろだと思った。踏切を越えた土手の一角に、アサツキの群生地がある。自転車を押して踏み切りを越え、私の秘密にぞくするその群生地に行ってみた。去年よりも少し群生の範囲が広くなっているようだ。
日本では、このごろ胡葱という名前さえ知らない人がおおく、春菜として摘んで食べる人はほとんどいない。広辞苑をひくと、アサツキはユリ科の多年草で、葱類ではもっとも細い葉とラッキョウに似た丸い根(麟茎)を食べる。春先の葉はおいしく根も臭みがないので、軽く茹でたアサツキに、アサリ貝や魚身を酢味噌であえた「あさつき・なます」が通の春菜料理らしい。アサツキを漢字で「胡葱」と書くのは、ユーラシア大陸がその原産地だからで、キュウリ(胡瓜)、コキュウ(胡弓)などの例と同じく、東北アジアから入ってきた植物なのである。
昨年秋、高句麗の故地・遼寧省の桓仁に古墳見学にいったが、ホテルの食事には、茹でただけの胡葱が皿に山盛りにして出されてきた。また、古墳のある畑には、たくさん野菜として栽培されているのを見てきたばかりである。
帰宅してから、土筆と胡葱と裏庭の畑から茗荷(ミヨウガ)を取ってきて、三つの春菜をつかったチジミを作ることにした。土筆のハカマ取りに小一時間ついやし、土筆と胡葱を茹でて水にさらし、茗荷を洗い千切りにして、チジミを焼いた。おらが春の一日がゆっくりと終わる。





素環頭大刀は、中国で出現したときから柄のにぎる部分が短く、片手で振りまわす武器だったようです。それは近代のいわゆる青竜刀までつづく中国武術の伝統で、円環部は手の滑り止めの役割をはたしており、環頭はすっぽ抜けるのを防ぐために大きく、さらに手に巻きつける紐状のものがついていたようです。柄の部分が長い刀、いわゆる直刀は古墳時代になって増加します。柄の長い刀は、両手を使って斬る武器であり、柄の部分が実戦の打撃に耐えるためには、素環頭大刀の環頭部が取れて、長い柄部を固定するための目釘穴が付くようになります。















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