
『古事記』によると大国主神(オオクニヌシ)をはじめとする出雲神話の神々は、高天原を追放された須佐之男命(スサノオ)の子孫になっています。いっぽう、『出雲国風土記』に出てくる出雲神話には、スサノオはじめ高天原系の神々はだれも姿をみせないのです。なぜでしょう。 高天原を追放されたスサノオが、奥出雲の肥の川上流で繰り広げた、八俣の大蛇(ヤマタノオロチ)退治の有名な神話さえも風土記には見られないのです。
高天原を追放されたスサノオは、出雲の肥の川(今の斐伊川・写真、天井川で有名)に天降りますが、川辺で一人の娘を連れて泣いている老夫婦に会いました。わけを聞くと、川上に八股の大蛇(ヤマタノオロチ)がいて、毎年来て娘を食ってしまい、残ったのはこの櫛稲田姫(クシナダヒメ)だけと泣きます。

オロチはどんな姿かと聞けば、「その眼は赤かがち(ホオズキ)のごとく真っ赤で、身ひとつに八つの頭、八つの尾あり。またその身に苔と檜・杉が生え、その長さは谷八つ、崗八つにわたり、その腹を見れば、どこもみな爛れて血がながれている」といいます。
このヤマタノオロチの姿は、出雲で砂鉄を原料にたたら製鉄が始まる古墳時代後期(六世紀後半)ごろ、山の斜面に水樋をひいて砂鉄を取るカンナ流しの情景と、谷間ごとに製鉄炉の火を燃やした斐伊川上流のタタラ製鉄の描写にほかならないのです。
漢字学者で『学研漢和大字典』を編集した藤堂明保氏(故人・東大教授)は、最後の著書になった『中国遺跡の旅』(旺文社文庫)のなかで、中国の竜蛇信仰との関連で、出雲の八股のおろち伝承をとりあげていますが、「肥の川(火の川)は太古からタタラ製鉄の盛んな地で、砂鉄の赤い色が流れを染め、吹きあげるフイゴの火の粉が川の面に赤くうつります。火がもえているようなのでヒノカワと呼んだのでしょう。しかし製鉄用の炭を得るため大量の木を切るので、山肌が荒れて水害を起こします、その荒々しい水の精が八股の大蛇でした。川の下流の水田を守るにはこの大蛇の動きを封じなければなりません。櫛稲田姫という名がしめすように、この姫は水田耕作民の代表です。スサノオとは「須佐という地の男」という意味で、外来の男と土地娘、このふたりのしあわせな生活は、悪蛇を封じ込めることによって保障された―というのが、この説話の筋なのです」と解説しています。
スサノオは、クシナダヒメを櫛の姿に変えて自分の髪にさし、オロチを退治するため、八つの門と桟敷の付いた垣根を作らせ、桟敷ごとに強い酒をいれた器を置いておきます。やがてオロチがきて、器みごとに頭を突っ込んでその酒をのみ、酔ってそのまま寝てしまいました。スサノオが、自分の十拳剣(注1)でオロチを斬ると、肥の川が血にかわって流れました。それでこんどは、オロチのまん中の尾を切ると、剣の刃が欠けました。スサノオは怪しく思い、剣でオロチの尾を割いてみると、「都牟刈(ツムガリ)の大刀」(注2))がありました。
スサノオは、出雲の須賀の地に新婚の宮をつくり、クシナダヒメと結婚しました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を (『古事記』より)。
出雲に初めて登場した高天原系(大和系)のスサノオは、クシナダ姫を妻に、たくさんの子孫を残します。出雲を治めた大国主命もその一人なのです。スサノオの八股の大蛇退治の最後が、鉄の「大刀」の出現で終わるところにも、この神話の起源が奥出雲のタタラ製鉄にあることがうかがえます。しかし『出雲国風土記』にスサノオの大蛇退治の神話がないのは、なぜでしょう。そのわけを知るために、私は『出雲国風土記』の末尾にある最終筆録者として署名している、
「国造かつ意宇郡大領 外正六位上 勲十二等 出雲臣広島」という人物に注目しています。
彼の先祖は、すでに意宇郡の熊野大社のぺージでふれたように、スサノオが出雲に来る前から意宇氏をなのり、意宇川流域の開拓につとめ、農業神を祀っていた祭祀集団であったようなのです。自分の先祖がヤマト系のスサノオではないことを、いちばんよく知っている人物です。この出雲国風土記の完成年月は「天平五年五月(733年)」で、『風土記』を撰進せよという官命が出された和銅六年(713年)から二十年もたっています。 和銅五年(712年)には太安萬呂の『古事記』も出ており、そこに書かれた出雲神話のあれこれが、「出雲国造かつ意宇郡大領」の「出雲臣広島」の耳に伝わっていた可能性も大いにあるでしょう。「出雲臣広島」には自分の出自(先祖)がヤマト勢力によって書き換えられたという認識があって、おそらく撰進する『出雲国風土記』から創作性のつよい古事記系神話を排除したのではないかと思います。このことは、次回にのべる『出雲国造神賀詞(いずもこくぞうかんよごと)』をこの問題に対比させれば、はっきりします。
注1:『日本書記』では、この剣を「蛇の韓鋤(オロチノカラサヒ)」と書いています。[古代韓国語で、鋤はtsapoという。日本語のサヒ(小刀)に当たる。(岩波文庫『日本書紀』注)]
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